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姫島村 選挙 リンチ事件

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大分県にある姫島村で、半世紀以上ぶりに
村長選が行われた。

姫島村の村長選は1955年の選挙を最後に
(父)藤本熊雄氏と(子)昭夫氏の2代が村を収めてきた。

今回の選挙は、敏和氏が立候補し、2人の一騎打ちとなった。

選挙戦で昭夫氏は32年間の実績を強調した。

一方の敏和氏は、「32年は長すぎる!」と訴えましたが、

選挙の行方は
藤本昭夫氏は1199票

敏和氏は512票だった。

藤本昭夫氏の現職当選で9期目に入ります。

姫島村(ひめしまむら)は、大分県北東部にある離島。


姫島村に関する記事で気になるものがありました。

姫島、リンチ事件

1962年大分県姫島村で、
島民39名が男性2人をリンチして死亡させるという事件が発生しました。

殺害されたのは別府から移住してきた映画館経営者Aさん(27歳)
とその弟Bさん(23歳)である。


事件の夜、島の男39人は公園にやって来た。

「こらぁー!出てこい!今朝の話をつけに来たぞ!」

棒切れを持った39人は2人に襲いかかった。
AさんとBさんはスコップなどを持ち出して応戦したが、

圧倒的な人数の差で袋叩きにされた。

Aさんは動かなくなり、Bさんの方は這って逃げようとしたが
大人数から、頭、顔を殴打され力尽きた。

別府で育った2人にとって姫島の若者たちは田舎くさく見えた為見下しがちだった。
別府にいた頃は暴力団関係者とも付き合っていたと言い、

村内で気にいらない人を見ると因縁をつけて暴力をふるっていた。
Aさんは5、6人のグループを作り、暴力団組長を気取っていた。

相次ぐ2人の暴力に警察も逮捕したこともあるが、
村の権力者を叔父に持つ2人は、2、3日ほどで戻ってきた。

ある日、島の行事として入場料無料の少女歌劇団公演を主催した。
Aはこの行事のために映画館の客の入りが悪くなったと腹をたて、

「必ずこの落とし前をつけてやる」と宣戦布告をした。

事件当日の朝、島民が寝泊まりする宿にAさんとBさんがのりこんできた。
「お前ら、よくも俺に恥をかかせてくれたな。」
 
土足であがりこんだAさんは、島民を次々と踏んづけ、蹴った。
事態は深刻化していた。青年たちは公民館で緊急会議を開いた。

「A・B兄弟をこらしめる!」
島民40数名が出席したこの会議では、警察を頼るという選択肢もあったが、
警察は頼りにならないというのは村民たちは身にしみて感じていた。

39名の島民は闇にまぎれて2人のもとへと向かう。
この人数だから返り討ちにされることはないだろうが、

Aの言うようにバックに別府の暴力団がいるならば殴りこみのあとのことが怖い。
そんなことが脳裏をかすめてもすぐに打ち消されるほど、彼らは興奮状態にあった

これは2人を「こらしめる」ためで、島民たちは「殺す」つもりはなかった。
リーダー格である消防団副団長(当時45歳)も、

「どうして兄弟が死ぬまで叩いたのか、自分でもさっぱりわからない」
と事件後に話している。

 暴行後、7名が自首した。




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